強迫性障害の夫と暮らし始めた頃。
妻は、
「ちゃんと理解しなきゃ」
そう思っていました。
本を読んだり、ネットで調べたり、YouTubeを見たり……。
夫の苦しみを少しでも理解したくて、妻なりにできることを探し続けたんです。
当時の妻は、
「少しでも理解できれば、夫も少し楽になって、早く治るかもしれない」
そんな希望も持っていました。
でも、どれだけ調べても、妻は夫になることはできません。
妻には何でもないように思えることを、どうして夫がそこまで怖がるのか。
どうして確認せずにはいられないのか。
分かろうとしているのに、分からない。
苦しんでいる夫を前に、何もできないような気持ちになることもありました。
そして妻は、いつの間にか、
「家族なのに理解できない私は、冷たいのかな」
と、自分まで責めるようになっていたんです。
この記事では、夫の強迫性障害を理解しようと必死に調べ続けた妻が、それでも分からずに悩んだことと、今振り返って感じていることをお話しします。
※この記事は、強迫性障害の夫と暮らす我が家の体験です。症状や家族の感じ方は、それぞれ異なります。
「ちゃんと理解しなきゃ」と調べ続けた
夫が強迫性障害だと分かった頃、妻はその病気についてほとんど知りませんでした。
目の前では、夫が確認を繰り返したり、妻には小さく思えることに強い不安を感じたりしていました。
妻には、その苦しさが分かりませんでした。
でも、夫は本当に苦しそうでした。
だからこそ、
「妻がちゃんと理解しなきゃ」
「夫の一番近くにいる妻が、何とかしなきゃ」
と思ったんです。
本を読み、ネットで検索し、YouTubeで体験談や解説を探しました。
知識が増えれば、夫の言動も理解できるようになる。
理解できれば、もっと上手に接することができる。
そして、夫も少し楽になれるかもしれない。
当時の妻は、そう考えていました。
今振り返ると、病気について知ろうとする気持ちだけではなく、
「早く何とかしたい」
という妻自身の焦りもあったのだと思います。
調べても、夫の苦しみを100%理解できなかった
調べることで、強迫性障害について知ることはできました。
それでも、夫が実際に感じている苦しさまで、妻が同じように感じられるわけではありませんでした。
妻には、
「そこまで確認しなくても大丈夫なのに」
と思えることがあります。
夫が何度も同じことを確認していると、
「どうして、もう大丈夫だと思えないの?」
と感じることもありました。
本やネットには説明が書いてあります。
頭では「これも症状なのかもしれない」と考えようとします。
でも、毎日の暮らしの中では、その説明だけで妻の気持ちが追いつかないこともありました。
理解したい。
でも、どうしても理解できない。
夫が苦しそうにしているのに、何もできないような無力感を抱くこともありました。
夫との接し方全体について、10年間の体験をまとめた記事はこちらです👇
▶「強迫性障害の家族はどう接する?|夫と10年暮らした妻の体験談」
「理解できない私は冷たいのかな」と自分を責めた
夫の苦しさが分からない自分を、妻は責めていました。
「家族なのに理解できない私は、冷たいのかな」
「もっと優しくできない私は、ダメなのかな」
そんなふうに思っていたんです。
夫が苦しんでいると分かっていても、妻も毎日穏やかに受け止められたわけではありません。
確認が何度も続けば、イライラすることもありました。
思うように予定が進まなければ、強い言い方をしてしまう日もありました。
夫を理解したいと思っているのに、優しくできない。
そして、そんな自分がまた嫌になる。
夫のことで悩み、そのあとには自分の言動についても悩む。
妻の頭の中は、いつも忙しかったんです😅
「妻は夫の一番近くにいるのだから、もっと分かってあげなければ」
そう考えるほど、理解できない自分が許せなくなっていました。

自分の首の痛みに置き換えて考えた
妻自身、首の痛みがつらい時期がありました。
痛みやしびれがあっても、それを夫がまったく同じように感じることはできません。
妻が、
「今日は首がつらい」
と伝えれば、夫は心配してくれます。
でも、どこがどのように痛いのか。
どれほどつらいのか。
それを100%同じように感じてもらうことはできません。
そのことを考えた時、妻はふと思いました。
夫の苦しさを妻が100%理解できないのも、当たり前なのかもしれない。
家族だから。
夫婦だから。
何もかも分かるはずだと思っていたけれど、本当は別々の人間です。
夫が妻の首の痛みをそのまま感じることができないように、妻も夫の不安をそのまま感じることはできません。
理解できないことと、夫を大切に思っていないことは同じではない。
妻は、少しずつそう考えるようになりました。
全部分かることと、味方でいることは同じではなかった
以前の妻は、夫の苦しさを理解できなければ、夫を支えることもできないと思っていました。
でも、夫が感じていることをすべて理解できなくても、そばにいることはできます。
妻は夫に、
「妻は夫の一番の味方だから😊」
と伝えていました。
夫の不安が全部分かったから言えた言葉ではありません。
分からないことがあっても、夫を一人にしたくない。
敵ではなく、味方でいたい。
妻が言いたかったのは、そんな気持ちだったのだと思います。
ただ、妻は夫を安心させたくて「大丈夫だよ」と言い続け、かえって何と答えればよいのか分からなくなったこともあります。
優しく言えない日もありましたし、全部を受け止めきれない日もありました。
夫を安心させようとして迷った頃の体験はこちらに書いています👇
▶「強迫性障害の夫に「大丈夫だよ」と言い続けていた頃|安心させたい妻の葛藤」
今の妻は、分からないことまで無理に「分かった」と思おうとするより、
「夫はそう感じるんだね😊」
と受け止めることがあります。
もちろん、毎回そんなに穏やかに言えるわけではありません(笑)
それでも以前よりは、「妻が全部理解しなければ」と自分を追い込むことが少なくなりました。
後になって夫から聞いた「俺は一人じゃないって思えた」
後になって、夫が妻へ、
「俺は一人じゃないって思えた😊」
と話してくれたことがあります。
それは、妻が夫の気持ちを完璧に理解できた、ということではありません。
妻が言葉をかけ続けたから夫がそう思えるようになった、と原因を決められるものでもありません。
ただ、これは夫本人が、後から妻へ実際に話してくれた言葉です。
妻は、夫の苦しみを全部分かることはできませんでした。
理解できずにイライラしたこともあります。
余裕がなくなり、強く言ってしまったこともありました。
それでも夫が、
「一人じゃないって思えた」
と話してくれたことは、妻の中に残っています。
すべてを理解できなくても、夫婦で過ごしてきた時間の中で伝わっていたものもあったのかもしれない。
妻は、その言葉を聞いて、そんなふうに感じました。

今、妻が振り返って思うこと
現在の夫は、
「妻の喜ぶことがしたい😊」
と話してくれることがあります。
以前の妻には、夫が自分のことで精いっぱいに見えていました。
そのため、そんな言葉を夫から聞くようになるとは思っていませんでした。
もちろん、妻が夫を理解しようとしたから夫が変わった、という話ではありません。
夫婦の暮らしには、いろいろな出来事がありました。
うまくいった日もあれば、妻が先走った日もあります。
お互いに余裕がなくなった日もありました。
それでも今、夫から実際に聞いた言葉を振り返ると、
「あの10年も、決して無駄じゃなかった」
と妻は感じています。
昔の妻は、夫の苦しみを100%理解しなければいけないと思っていました。
でも今は、分からない部分が残っていても、
「夫はそう感じるんだね😊」
と聞くことはできます。
そして、全部を理解できなくても、
「妻は夫の一番の味方だから😊」
と思う気持ちは、今も変わりません。
理解できないことに悩み、自分を責めていた時間も含めて、これが我が家の10年間だったのだと思います😊🍀
理解しようと頑張り続けるうちに、自分を後回しにしていた頃の体験はこちらです👇
▶「強迫性障害の家族も休んでいい|妻が「自分を後回し」にしなくなった理由」

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