完璧に理解できなくてもいい|妻が家族として気づいたこと

🧠 強迫性障害との向き合い方

はじめに|「理解しなきゃ」と思っていた頃

夫が強迫性障害だと分かった頃。

妻は、                                                                                                     「ちゃんと理解しなきゃ。」そう思っていました。

本を読んだり、 ネットで調べたり、 YouTubeを見たり…。

夫の苦しみを少しでも理解したくて、できることは何でもやってみたんです。

少しでも理解してあげられたらストレスも軽減できて早く治るかもしれない!

そんな、希望もあったんです。

でも、どれだけ勉強しても、妻は夫にはなれません。

本当の苦しさを100%理解することはできなかったんです。

「理解できない私はダメなんだ」と思っていた

夫が苦しそうにしている姿を見ていると、                                                                                  「なんでそこまで苦しいんだろう。」そう思ってしまうこともありました。

理解したい。

でも理解できない。

そのたびに、                                                                                                    「家族なのに理解できない私は冷たいのかな。」

苦しんでいる夫にイライラしてしまう自分が嫌でした。

優しくできない日もありました。

そして、そんな自分に落ち込むことも何度もありました。

完璧に理解することはできなかった

ある日、ふと思ったんです。

「理解できないものは、理解できない。」

それは冷たいことではなく、当たり前のことなんじゃないかって。

夫が感じている苦しさは、夫にしか分かりません。

同じように、妻の首の痛みや疲れも、夫が100%理解することはできません。

家族だからといって、全部を理解することは難しいんですよね。

それは、夫が強迫性障害でなくても同じこと。

本当は当たり前のことなんです。

でも渦中にいると、その当たり前さえ見えなくなってしまうんですよね😅

今では、そんな時こそ一歩引いて自分を俯瞰して見るように意識できるようになりました。

夫のお陰で、妻もちょっと成長できました(笑)✨️

それでも家族でいられる理由

でも、全部理解できなくても、寄り添うことはできます。

「今日はつらそうだね」

「何かできることある?」

その一言だけでも、相手にとって大きな支えになることがあると知りました。

心配性な妻はついつい色々と構ってしまいがちでしたが、そっと見守ること。

「妻は夫の一番の味方だから😊 何も心配しなくて大丈夫だよ。」

そう伝え続けてきたことで、

後から夫が                                                                                                   「俺は一人じゃないって思えた😊」                                                                                        と話してくれたことがあります。

その言葉を聞いた時、                                                                                                  妻は「全部理解しようとしなくても、ちゃんと気持ちは伝わるんだ」と初めて思えました。

妻が変われたのは「理解しよう」を少し手放したから

もちろん、病気について知ることは大切です。

理解しようとすることも大切。

でも妻が一番変われたのは、                                          「完璧に理解しよう。」

そう思うことを少し手放した時でした。

強迫性障害といっても症状は本当に人それぞれ。

「これも症状なんだ😳」と驚くこともたくさんありました。

全部理解しようと思ったら疲れちゃいますよね😅

代わりに、「夫はそう感じるんだね😊」そう受け止めるようになったんです。

すると、不思議と夫も、そして妻自身も少し楽になりました。

理解より大切だったこと

今振り返ると、夫が本当に求めていたのは、                                    「全部理解してほしい。」ではなく、

「味方でいてほしい。」                                                                                         だったのかもしれません。

完璧に理解することより、                                                                                       「分からないけど、一緒にいるよ😊」                                                                           その気持ちの方が、夫婦には大切だったように思います。

今では多少夫がパニックになったとしても、いつも通り少し距離をとりつつ見守ることでいつもの日常にもどっていく。

「あ、これでいいんじゃん😉」                                                                                            って思えるようになったんです。

まとめ|家族だからこそ、全部分からなくてもいい

家族だから。

夫婦だから。

全部理解しなきゃ。

昔の妻はそう思っていました。

でも今は、完璧に理解することよりも、                                     「分かろうとする気持ち。」                                                                                             その方がずっと大切なんだと思っています。

もし今、                                                    「理解できない自分は家族失格なんじゃないか。」

そう悩んでいる方がいたら、どうか自分を責めないでください😊

完璧じゃなくても大丈夫。

全部分からなくても大丈夫。

それでも寄り添おうとする気持ちは、きっと相手にも伝わっているはずです🍀

そして今。少しずつ体調が落ち着いてきた夫は、                                                                                           「妻の喜ぶことがしたい😊」                                                                                   とよく言ってくれるようになりました。

その言葉を聞くたびに、                                                                                                   「ちゃんと伝わっていたんだ」そう思えるんです。

だからあの10年も、決して無駄じゃなかったんだと思えました。

それが、妻にとって何より嬉しいことなのかもしれません。

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