強迫性障害の夫と歩んだ10年|「完治」だけを見ていた妻が気づいたこと

🧠 強迫性障害との向き合い方

夫が強迫性障害になった頃。

妻の頭の中にあったのは、

「どうしたら治るんだろう」

そのことだけでした。

強迫性障害が治れば、元の生活に戻れる。

外出もできる。

友達とも会える。

夫婦で、以前のような生活ができる。

当時の妻は、「完治」を一つの大きなゴールとして考えていたんです。

だから夫の様子が少し良く見えると期待し、思ったように進まないと落ち込む。

そんなことを何度も繰り返していました。

この記事では、夫の完治を願い、症状や薬の変化に一喜一憂していた妻が、10年間の暮らしの中で、今ある穏やかな日常にも目を向けるようになった過程を振り返ります。

「完治」だけを見ていた頃の妻

夫が強迫性障害になってから、当時の妻は、日常の小さな変化よりも「治ったかどうか」を気にしていました。

夫の調子が良さそうに見えると期待する。

難しい日があると、不安になる。

そして夫婦で、

「きっと今より良くなるね」

と話すこともありました。

その言葉を口にしながら、二人で10年間を過ごしてきたんです。

もちろん今でも、夫がさらに楽に暮らせるようになったらいいと思っています。

ただ当時の妻は、その願いがとても強く、「完治」という一つのゴールばかりを見ていたのだと思います。

少し良く見えると「治ったのかな」と期待した

長く暮らす中で、夫の様子が以前とは違って見える場面も少しずつ増えていきました。

夫の笑顔が増えたこと。

料理をするようになったこと。

ストレッチを続けていたこと。

お猫さんのお世話をしてくれるようになったこと。

そして妻が特にうれしかったのは、友達との連絡が以前ほど負担ではなさそうに見えたことでした。

友達から誘われて、外へ出られることもありました。

そんな夫の姿を見ると、妻は、

「もしかして治ったのかな😊」

と思ってしまうことがありました。

夫の中で何が起きていたのか、妻にはすべて分かりません。

それでも妻には、以前は難しかった日常が、少しずつ戻ってきているように見えたんです。

夫の料理や家事、お猫さんのお世話など、暮らしの中で妻が感じてきた変化については、こちらの記事にまとめています👇

▶「強迫性障害の夫が少しずつ変わった理由|『できた』の積み重ねが自信につながった我が家の体験」

薬の調整にも希望を感じていた妻

ある時、主治医から、夫の状態を見ながら薬を調整していくことや、通院の間隔について話を聞いたことがありました。

その話を聞いた妻は、

「そんな日が本当に来るんだ😊」

と、とてもうれしくなりました。

薬が少なくなる。

通院の間隔が少し空く。

当時の妻には、それが「完治」へ近づいているように見えたんです。

その後、夫は主治医と相談しながら、薬を調整していた時期がありました。

ここで書いているのは、あくまで我が家での経過です。

薬の調整については、夫と主治医が相談して進めていたことであり、この記事で一般的な方法を紹介するものではありません。

夫に合う主治医と出会うまでの経緯については、こちらの記事に詳しく書いています👇

▶「強迫性障害の夫と歩んだ10年|転院を重ねて出会えた主治医との出会い」

うれしくなった妻が、また先走ってしまった

妻は、うれしくなるとすぐに期待してしまいます(笑)

主治医からは、夫の体調を見ながら薬の量を調整していくことについて話を聞いていました。

そのため、夫の調子が安定しているように見えた時期には、妻もつい期待して、

「もう少し減らしてみても大丈夫なんじゃない?😊」

と話したことがあります。

実際の薬の調整は、夫が主治医と相談しながら進めていました。

それでも妻は、「少しずつ薬も減っていくのかもしれない」とうれしくなって、気持ちが先走っていたんだと思います😅

薬を調整していた時期に、夫の体調が悪くなる場面もありました。

その時、妻は、

「あ、まだ少し早かったね……」

と感じました。

薬を調整したことと体調の変化について、妻には医学的な因果関係は分かりません。

ただ我が家では、薬の調整をしていた頃に夫の体調が悪くなり、思っていたようには進まなかったことがありました。

少し良く見えると期待する。

思ったように進まないと落ち込む。

そんなことを、妻は何度か繰り返していました。

そして、

「完治はまだ先なのかもしれない」

と思うこともありました。

完治だけを見なくなった妻

完治を諦めたわけではありません。

いつか薬が必要なくなったら、もちろんうれしい。

通院が終わる日が来たら、うれしい。

夫が今よりもっと楽に暮らせるようになったらいい。

その気持ちは、今も変わりません。

でも妻の中で、一つだけ変わったことがあります。

「治った」というゴールだけを見なくなったことです。

以前の妻は、

「もっと良くなったら」

「これができるようになったら」

と、少し先の未来ばかり見ていました。

でもある時、

「なんか楽しい時間が増えた😊」

と思ったんです。

完治したかどうかではなく、以前とは違う時間が、すでに今の暮らしの中に増えていました。

そのことに、妻も少しずつ気づくようになったんです。

一緒に過ごす穏やかな時間も、今の幸せ

一緒にご飯を食べる。

海へ行く。

お猫さんと笑う。

夫が料理を作ってくれる。

妻を気遣う言葉をかけてくれる。

以前の妻は、こうした時間があっても、心のどこかで、

「でも、まだ治っていない」

と思っていたのかもしれません。

今は、完治を願いながらも、こうした何気ない時間を、

「幸せだな😊」

と思えるようになりました。

夫の症状や体調に波があることもあります。

妻が期待して先走ることも、きっとこれからもあります😅

それでも、今ここにある穏やかな時間まで、未来のための途中経過として通り過ぎなくてもいい。

今の妻は、そんなふうに考えています。

結婚当初に思い描いていた生活と、現在の我が家らしい日常についてはこちらの記事に書いています👇

▶「強迫性障害の夫と結婚して10年|妻が見つけた『我が家らしい普通』の形」

「夫にはまだ力がある」と思っていた

症状が強かった頃も、妻は、

「夫にはまだ力がある」

と思っていました。

「なんだか分からないけど惹かれるのには、きっと夫の見えないポテンシャルがあるからなんだ?!🤣」

と、淡い期待を持ってみたり(笑)

もちろん、妻が信じていたから夫が変わった、ということではありません。

妻がそう思いながら、夫のそばで過ごしてきたという我が家の体験です。

現在の夫は、

「妻が喜ぶことをしたい😊」

と話すことがあります。

料理を作ってくれたり、家のことを担当してくれたりする場面も増えました。

その姿を見ながら妻は、

「あの頃とは、ずいぶん違うな」

と感じています。

思い描いていたのと同じ形ではないかもしれません。

それでも、10年前には見えなかった夫婦の時間が、今ここにあります。

まとめ|完治を願いながら、今ある日常も大切にしたい

以前の妻は、「完治」という少し先の未来ばかりを見ていました。

でも10年間の暮らしの中で、ある時、

「なんか楽しい時間が増えた😊」

と思ったんです。

今でも、夫の完治やさらなる回復を願う気持ちはあります。

その気持ちを諦めたわけではありません。

それと同時に、夫と過ごしている今の穏やかな日常も大切にしていきたいと思っています。

昨日より前に進めていなくてもいい。

「あの頃より、少し前に進めているな」

と思えたら、今の妻はそれだけで花丸💮な気持ちになれます😊

完治を願いながら、夫と過ごしている今日にも目を向ける。

これからも、そんなふうに夫婦でゆっくり歩いていきたいと思います🍀

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